釣れなかった日の帰り道

何も釣れない日はある

朝早く起きて、日焼け止めを塗って、髪をまとめて、車を走らせて、仕掛けを組んで、投げて、待って、移動して、また投げて。

何も釣れない。

魚の気配すらない。アタリがない。穂先が動かない。ただ海がそこにある。

釣りをしていれば必ずこういう日が来ます。初心者だから釣れないとかではなく、6年やっていても、仕掛けも場所も間違っていなくても、いない日はどうやってもいない。海の生命は滅びたのかと本気で思う日があります。


帰ろうと決めるまでの時間

釣れない日に一番つらいのは、「帰ろう」と決めるまでの時間です。

「もう1投だけ」が3回続いて、「場所を変えよう」が2回続いて、「潮が変わったら」が1回あって、それでも何も起きない。粘れば粘るほど、帰る決断が重くなります。

わたしの場合、「帰ろう」のきっかけは空腹です。お腹が空いたら帰る。これだけは決めています。「もう少し」と「お腹空いた」が同時に来たら、お腹が勝ちます。空腹のまま集中力が切れた状態で竿を振っても、仮に魚が来ても対応できない。

釣れない日の撤退は、負けではなくて判断だと思うようにしています。思うようにしているだけで、車に戻るときは毎回悔しいですけど。


片付けの時間

釣れた日の片付けは忙しいです。魚を締めて、クーラーに入れて、道具を洗って。やることが多くて、釣りの余韻に浸る暇がない。

釣れなかった日の片付けは、静かです。仕掛けを外して、竿を畳んで、リールを拭いて。魚に触れていないから道具がきれいなまま。クーラーボックスを開けても氷と飲み物しか入っていない。軽い。持ち上げたときの軽さが、釣れなかったことを改めて教えてくれます。

この時間に落ち込む人もいると思うんですが、わたしは片付けをしている間にだんだん気持ちが切り替わります。道具を丁寧にしまうことで、「今日の釣りが終わった」という区切りがつく。雑に投げ込んで帰ると、悔しさも一緒に持ち帰ってしまう気がするので、釣れなかった日ほど丁寧に片付けるようにしています。


帰り道にすること

何か食べる

釣れなかった日の帰り道は、必ずどこかに寄ります。

コンビニのコーヒーでもいいし、道の駅でソフトクリームでもいい。パン屋が開いていたらパンを買うし、地元の直売所があれば野菜を見る。魚を持ち帰れなかった代わりに、何か別のものを手に持って帰りたい。空のクーラーボックスが車に載っている状態で、手ぶらで家に帰りたくないんです。

これは代償行為だと自覚しています。でもいいんです。トマトを買って帰ったっていい。釣れなかったけどトマトは手に入った。それで今日の釣行は「完全な空振り」ではなくなる。

デパ地下に寄る余裕がある日は、デパ地下に行きます。フルーツを買う。ケーキを買う。釣れた日には絶対やらない散財を、釣れなかった日にだけ自分に許します。「釣れなかった日ボーナス」と呼んでいます。

釣りの反省はしない

帰りの車の中で「あそこで仕掛けを変えていれば」「あの時間にあの場所に入っていれば」と考え始めると、際限がなくなります。

反省は翌日やります。帰り道には、釣りと関係ないことを考える。明日の仕事のこと、週末の予定、冷蔵庫に何が残っていたか、あのアニメの続きが気になる。意識的に釣りから離れる時間を作ります。

車ならラジオか音楽をかけます。釣りの情報番組は避けて、全然関係ない音楽を流す。わたしはシティポップが好きなので、釣れなかった帰り道は竹内まりやの声を聴きながら走ることが多いです。

お風呂に長く入る

帰宅したら、いつもより長くお風呂に入ります。

釣れた日は魚の処理が待っているので、シャワーで済ませてすぐキッチンに向かいます。でも釣れなかった日は急ぐ理由がない。ゆっくり湯船に浸かって、海風で乾いた肌に潤いを戻す。

お風呂の中で「今日は何も釣れなかったな」と思うんですが、不思議とお湯に浸かっているときの「何も釣れなかった」は、釣り場にいたときほど悔しくない。温かいお湯が悔しさを溶かしてくれる感覚があります。


釣れなかった日の夜ごはん

釣れた日の夜ごはんは釣れた魚です。刺身にするか焼くか悩む時間が楽しい。

釣れなかった日の夜ごはんは、帰り道に買ったもので作るか、冷蔵庫にあるもので済ませるか、出前を取るか。この自由度の高さが、釣れなかった日の唯一のメリットかもしれません。何を食べてもいい。何の魚も捌かなくていい。調理の義務感がない夜ごはんは、たまには楽です。

パスタを茹でることが多いです。釣れなかった日のパスタは、なぜか美味しい。


それでも次の釣りに行く理由

釣れなかった日の翌日、釣具店で働いていると、お客さんに「最近釣れてますか?」と聞かれます。「わたしは昨日ボウズでした」と正直に答えると、だいたい笑ってくれます。「プロでも釣れないんですね」と。プロではないですが、まあいいです。

釣れなかった話は、釣れた話より共感されます。「わたしもこの前ボウズでした」「3回連続ボウズです」「半年ボウズです」。ボウズの話で盛り上がれるのは、釣り人だけの文化だと思います。

そして不思議なことに、釣れなかった翌週は、なぜか釣りに行きたくなります。釣れた翌週は「まあ今週はいいか」と思えるのに、釣れなかった翌週は「今度こそ」と思ってしまう。これが釣りをやめられない仕組みなのだと、6年経った今、ようやく分かりました。


葵ちゃん

葵ちゃんのまとめ

釣れなかった日を気持ちよく閉じるために、わたしがやっていることは3つだけです。

帰り道に何か買って帰る。帰りの車では釣りのことを考えない。お風呂に長く入る。

特別なことはしていません。でもこの3つをやると、釣れなかった日が「嫌な日」ではなく「何もなかった静かな日」になる。それくらいの着地ができれば、次の釣りに前向きに行けます。

空のクーラーボックスは軽いですが、それは悪いことばかりではありません。魚を持ち帰らない日は、片付けが楽です。調理の義務もない。パスタが美味しい。

釣りは、釣れなかった日も含めて釣りです。まだその境地に完全に達してはいませんが、少しずつ近づいている気がしています。